Sensuousに生きよう。

何も考えてないように見える僕の頭の中は、日本酒が溢れ出るくらいにくだらないことで頭が一杯だ。

銀行員時代 支店研修編①

集合研修後、独立遊軍武蔵はばらばらになった。3人は関西、2人は関東へ。そして、僕は都内のある支店に配属された。ここでは、あおぞら支店(仮称)と言っておこう。個人富裕層も顧客として来店するような、いわゆる大型店である。

 

あおぞら支店への出勤初日。僕は見慣れぬ駅の改札前で配属同期の女性を待っていた。改札を通る一人一人が同じ職場の人かもしれないという妙な緊張感の中、どうも落ち着かなかったことを覚えている。不安ともまた違う、「あっ、あいつが支店にくる新人か。」と影で思われていると想像すると嫌な気がしたのだ。僕は新人研修での教訓を活かして、配属初日はいかにも新人らしい黒色のスーツを着ていた。

 

10分ほど待つと、改札から僕に向かって歩いてくる女性が現れた。「か、かわいい。」おそらく彼女を目にする10割の人がそう言葉を漏らすだろう。僕も心の中で大きくガッツポーズした。彼女は学生時代読者モデルをした経験もあり、研修時代から同期内でかわいいと話題になっていた女性であった。僕はそういうことに疎かったのでこの日が初顔合わせとなったが、銀行も捨てたものではないと少しばかり浮かれていた。

 

「よろしく。」

 

少し照れた口調で挨拶を交わした後、二人で歩いて支店に向かった。支店研修の幕開けである。

 

 

配属店によっても方針は異なるが、僕らが支店に配属されてまず初めにした事は雑用全般である。用度品の管理、会議の設営、書類の整理等々挙げれば枚挙に暇がない。先輩らも新人=雑用係という認識を持っている為、それを任せることに何の抵抗もなかった。そして、新人の最初の仕事と言えば電話対応である。研修時代に「新人たるものまずは電話をとれ。」とみんなが教え込まれる。ここで、よくできた新人であれば早押し問題に答えるように着信音が鳴ってすぐ受話器を取るのだろうが、配属して間もない頃の僕は取ろうとするそぶりを見せるだけでほとんど取らなかった。つまり、僕はダメな新人だった。しかし、彼女は違った。何でも率先して動き、電話も素早く取る彼女はお手本のようなよくできた新人だった。どこからそのエネルギーが湧いてくるのだろうと僕は不思議に思った。

 

次に行うことは、ロビー、ATMでの顧客対応である。「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」は新人が一番早く一番大きな声で言わなければならないのだ。ATM前ではクレジットカードのキャンペーンの呼びかけも行なった。読者の中には、実際にATMでその様子を見かけたことがある人もいるだろう。後述するが、クレジットカード営業は支店研修時代における新人の最大のミッションなのである。

 

ロビー、ATM対応を経ていよいよ窓口対応かと思うが、大型店の新人が窓口に出るまでの道のりはまだまだ長い。後方記帳と先輩の窓口対応見学という2つの壁が僕らには残されていた。小型店、中型店であれば人手が足りない為に"とりあえず行ってこい"スタイルで配属してすぐ新人が窓口に出ることも多いが、大型店では一通り学ぶまでは窓口には出さない"一旦待て"スタイルで新人教育が行われる。

 

気づけば、ロビー、ATMでのクレジットカード営業と窓口後方での学習とを彼女とローテーションで行うようになって数ヶ月が過ぎようとしていた。同期研修では窓口対応でクレジットカード何件と行った会話が繰り広げられる中、僕らは依然窓口にすら立てない状況が続いていた。普通であれば多少の焦りを感じるのだろう。しかし、僕はこの状況をむしろ吉と捉えた。窓口なんて出なくて良いなら出たくない。変な客が来て先輩が文句を言われる姿を見てきて、いかにも面倒くさそうである。そもそも顧客と何を話せば良いのかわからない。これらは当時の僕が抱いていた正直な気持ちである。

 

この頃、僕は学生時代の怪我の手術の関係で早めの長期休暇に入った。せっかくの有給休暇であったが、その年は手術で丸つぶれとなった。手術を終えて退院までの間病室で過ごしていると、先輩から驚きの一報が入った。

 

彼女が支店に来なくなったのである。彼女は数ヶ月間休養という形をとったが最終的にそのまま退職した。

 

 

彼女にはよく怒られた。

彼女とはいつも一緒に帰り、たまに31アイスクリームを食べに行った。

彼女とはよく用度品倉庫で愚痴の言い合いをした。

彼女が誘われる先輩との飲みによく連れ回された。

そして、彼女とは最後口喧嘩した。

 

天真爛漫、負けず嫌い。いつも明るく振舞っていた彼女はどこか無理をしていたのかもしれない。そのことに気づいていながらも僕は彼女を気遣うことができなかった。彼女が寄りかかるには僕はあまりに脆すぎた。銀行という土に根を生やす覚悟のなかった僕は同期として本当に頼りなかったに違いない。それでも、口喧嘩する最後まで僕のことを叱咤激励してくれた彼女には感謝の想いで一杯である。彼女がいなければきっと、銀行員としての最低限の気遣いすらできず、その後の銀行員生活は大きく変わっただろう。ありがとう。